1.緒言
【尿路の解剖と機能】
腎で生成された尿は腎盂から尿管を経て膀胱に畜尿され、さらに尿道を経て体外に排尿される。この経路を尿路と言う。健常な膀胱の機能は次の二点がともに
両立することが求められる。
*畜尿機能:普段は尿を失禁することなく安定して貯めることができる。
*排尿機能:充満時には尿意に基づいて自分の意志で残尿なく排出することができる。
【尿路変更術と尿路ストーマ】このような尿路の解剖学的形態、または尿路の機能が何らかの疾患によ り損なわれた時、尿の排出経路を確保するために何らかの外科的処置を行う必要が生じる。これを尿路変更術(尿路変向術)といい、その結果腹壁に新たな尿の 排出孔が作成された場合、これを尿路ストーマという。尿路変更術の中にはストーマの形成を必要としないものもあるが、ここではそれらも含めて尿路変更術を 必要とする疾患および病態、術式とストーマ造設法、各術式における合併症とその対策について概説する。
図1
2.尿路変更術を必要とする疾患
尿路変更を必要とする病態には、
*癌の根治を目的に手術で膀胱など尿路の一部を摘出したとき
*癌の浸潤や炎症性疾患などにより尿路に非可逆的な通過障害が起きたとき
*何らかの先天性または後天性疾患により尿路の機能に障害がおき、修復が困難なとき
などがある。このような病態をもたらす代表的疾患について概説する。
【悪性腫瘍】
1) 膀胱癌・尿道癌
腎盂から尿管をへて膀胱・尿道に至る一連の粘膜は尿路上皮を形成しており、ここから発生する悪性腫瘍を尿路上皮癌という。尿路上皮癌の中で最も多いのは
膀胱癌であり、泌尿器科悪性腫瘍の中でも最も頻度が高いと言われていたが、最近は前立腺癌の急増のためその地位はゆずった感がある。初発症状は無症候性肉
眼的血尿であることが多く、この他顕微鏡的血尿や難治性の膀胱炎症状などが発見のきっかけになることがある。
膀胱癌はその浸潤形態により、粘膜下層までにとどまる表在性膀胱癌と、筋層以上に癌浸潤がみられる浸潤癌とに大別される。表在癌は経尿道的切除術
(TUR)と呼ばれる内視鏡的切除術と抗癌剤やBCGなどの膀胱内注入療法で治療が行われ、膀胱は温存することが原則であるが、浸潤癌の場合は膀胱全摘除
術が標準的治療法となる。最近は一部の症例に対し癌化学療法や放射線療法の併用で膀胱を温存して浸潤癌を根治する努力も行われているが、その適応や治療成
績、そして温存後の膀胱の機能とQOLなどは今後の検討課題である。
膀胱癌の根治手術は男性の場合は骨盤リンパ郭清とともに膀胱・前立腺・尿道の全摘であり、女性の場合は膀胱・尿道とともに子宮と膣前壁の一部も合併切除
されることが多い。このため膀胱癌の根治手術後は尿路変更術が必須である。また浸潤性の尿道癌の治療方針は膀胱癌の根治手術に準じ、尿路変更術の適応とな
る。
2) 腎盂尿管癌
原則として患側の腎尿管全摘と膀胱部分切除が行われるため、膀胱は温存されるのが原則であるが、尿管下端癌や随伴する膀胱癌がある場合は、腎尿管全摘と
ともに膀胱全摘の適応となる場合があり、尿路変更術を要する。
3) 前立腺癌
転移のない前立腺癌の標準的手術である前立腺全摘除術は膀胱尿道吻合により下部尿路は再建され膀胱機能は温存される。かつて局所浸潤前立腺癌に膀胱前立
腺全摘が行われたことがあったが、最近は治療方針が確立され浸潤癌は手術適応から除外されたため、現在は前立腺癌の根治手術に引き続いて尿路変更術が行わ
れることはない。
一方進行前立腺癌で原発巣から膀胱への浸潤がすすみ、尿管を閉塞して水腎症から腎後性腎不全をきたすことがある。このような場合腎瘻造設などの尿路変更
術が考慮される。
4)直腸癌・結腸癌
直腸癌またはS状結腸癌が前方に進行し膀胱三角部や前立腺に浸潤をきたすことがある。この場合の根治手術に際し膀胱・前立腺を合併切除することがあり、
これを骨盤臓器全摘除術といい、消化管ストーマに加えて回腸導管法などの尿路変更術を必要とする。
また根治手術が不能な進行癌の場合に、膀胱や尿管に浸潤して水腎症をきたすことがある。このような場合、尿管皮膚瘻や腎瘻造設などの尿路変更術が考慮さ
れる。
5)子宮癌
婦人科癌には子宮頚癌、子宮体癌、卵巣癌などがあるが、尿路変更術の対象になるのは膀胱浸潤をきたしやすい子宮頚癌が圧倒的に多い。根治手術のため膀胱
を含めた合併切除を行うことは稀であるが、進行癌となった場合にはほとんどの症例が尿路への浸潤により水腎症を呈するようになる。このような場合尿管ステ
ント挿入がまず試みられるが、それが果たせないときは病状と予後、治療方針などにより尿管皮膚瘻や腎瘻造設などの尿路変更術が考慮される。
6)癌治療の合併症によるもの
a)放射線障害(放射線膀胱炎)
子宮癌などの放射線治療後、年余を経てからおこることも多く、膀胱出血・萎縮膀胱をきたす。時に出血がコントロールできなくなり尿路変更を余儀なくされ
ることがある。
b)薬剤性膀胱炎による出血・萎縮膀胱
エンドキサン、イホマイドなどによるものが知られている。
c)術中尿路損傷:尿瘻形成
癌根治手術の際におこる合併症として子宮全摘術後などに発生する尿管瘻や、放射線治療後に膀胱膣瘻などが発生することがある。前者の場合は尿路再建まで
の一時的な処置として腎瘻造設が行われるが、後者は修復は難しく永久的尿路変更を余儀なくされることが多い。
【神経因性膀胱】
膀胱の機能的障害である神経因性膀胱はさまざまな原因でおこるが、二分脊椎などの先天性疾患による場合や、外傷などの脊髄損傷による場合などでは、障害
が進行すると膀胱からの尿の排出障害のみならず、膀胱コンプライアンスや膀胱容量の低下をまねき、畜尿障害をきたすに至る。これが非可逆的となった場合に
は腸管を利用した膀胱拡大術や、回腸導管や膀胱瘻などの尿路変更術を考慮することがある。
【炎症性疾患】
1) 結核
尿路結核は最近は激減したものの、現在でも決して過去の疾患といいきるわけにはいかない。結核病変は、その治癒過程において繊維化・瘢痕化を伴うため尿
管結核では尿管狭窄、膀胱結核であれば委縮膀胱をきたすことがある。このような場合膀胱拡大術や尿路再建術が行われるが、それが困難の場合は尿路変更術の
適応となる。
2) 間質性膀胱炎
委縮膀胱が進行し不可逆的になったり、膀胱刺激症状や膀胱出血が制御できない状態に立ち至った場合は尿路変更術が考慮されることがある。
【先天性疾患】
重篤な膀胱・下部尿路形成異常(膀胱外反症、総排泄腔外反症、高度の後部尿道弁や尿道形成異常など)では根治的な再建手術までの間の待機的処置として尿
路変更術が行われ、また再建不能の場合は永久的な尿路変更術が必要となる。また先天性水腎症、巨大尿管症、膀胱尿管逆流症、異所開口尿管などの上部尿路の
先天異常でも腎機能の保全を目的に根治手術までの待機的処置として腎瘻やループ尿管皮膚瘻、膀胱瘻などの尿路変更術が行われることがある。
【外傷】
骨盤骨折時の合併損傷として膜様部尿道断裂をきたすことが時に見られる。この場合根治的修復は待機的に行うことが多く、その場合急性期は膀胱瘻を増設し
対応することが多い。
3.尿路変更術/尿路再建法の種類と造設法
【ストーマあり】
1) カテーテル留置あり:腎瘻・膀胱瘻・尿管皮膚瘻
腹壁のストーマまたは瘻孔からカテーテルが常に挿入され、定期的なカテーテル交換のために通院が必要であるもの。腎瘻や膀胱瘻は腹壁から超音波ガイドに
より経皮的に腎盂や膀胱を穿刺し、ガイドワイヤーとダイレーターを用いてカテーテルを挿入することにより作成する。尿管皮膚瘻は尿管を途中で切断し、腹膜
外から前腹壁に誘導し、尿管を直接ストーマとして形成する。尿管長に余裕がある場合は両側尿管を一か所にまとめて二連銃式とする。ストーマの口径が小さく
尿管は脆弱なので皮膚の増殖によりピンホール状のストーマ狭窄となりやすいため原則的には尿管皮膚瘻はカテーテル留置が必要である。
図2. カテーテル留置を必要とする尿路変更術
a)腎瘻
b)尿管皮膚瘻 c)膀胱瘻
2) カテーテル無し:チューブレス尿管皮膚瘻・回腸導管
カテーテル留置は不要だが尿禁制はなく腹部に設置されたストーマから絶えず流出する尿に対し集尿のための装具を装着するもの。尿管皮膚瘻ではストーマの
形態が良好で尿管の血流が良好な場合、カテーテル無しのチューブレスとすることができる場合がある。回腸導管は尿管を15〜20cmの回腸セグメントに吻
合し、回腸を介して腹壁にストーマを作成するもので、安定した尿路ストーマを形成しやすい。このほか小児の一時的尿路変更に用いられる特殊なストーマとし
て膀胱皮膚瘻やループ尿管皮膚瘻などがある。
図3. カテーテルを留置しない尿路ストーマ
a)チューブレス尿管皮膚瘻 b)チューブレス尿管皮膚瘻(二連銃式)
c)回腸導管
図4.尿路ストーママーキング
図5.回腸導管の作製法
a)
b)
c)
a) 回腸セグメントの採取(約20cm)と回腸端々吻合による腸管の再建
b) 導管末端部の閉鎖と導管への尿管の吻合
c) ストーマの形成
3) 尿禁制あり:自己導尿型リザバ(コックパウチ・マインツパウチ・インディアナパウチ)
脱管腔化した腸管を使って体内に畜尿可能なパウチを作成し、尿禁制が保たれるように失禁防止弁を有する輸出脚を介して腹壁にストーマを形成するもの。畜
尿能力はあるが排尿機能はなく、間歇的にストーマから自己導尿を必要とするが、ストーマは小さく集尿装具の装着は必要としない。臍にストーマを作成すると
ボディーイメージの保持にも非常に有効である。虫垂を利用して輸出脚とする方法(Mitrofanoff法)もある。
【ストーマ無し・尿禁制あり】
1) 尿管S状結腸吻合術:
S状結腸に尿管を吻合し、直腸に尿を畜尿する。肛門括約筋により尿禁制が保たれ、自分の意志で排尿、排便のコントロールが可能となる。尿の再吸収による
アシドーシスや尿管結腸吻合部からの癌の発生、肛門機能低下による失禁などの問題点がある。
2) 自排尿型代用膀胱:マインツ法・ハウトマン法
腸管を利用して脱管腔化したのち畜尿可能なパウチを作成し、括約筋を温存した尿道に吻合する。畜尿機能とともに腹圧による意識下の自排尿が可能となる。
ストーマを必要とせず尿路変更術の中では最も自然の膀胱に近いと思われるが、尿道への癌再発、尿の再吸収の問題、尿失禁、尿意がないため排尿の自己管理が
必要など、いまだ自然の膀胱におよばない点も多い。
図6.自排尿型代用膀胱(Hautomann法)の作製法
a)
b)
c)
a) 約60cmの回腸セグメントを採取
b) 脱管腔化して縫合し蠕動を相殺し低圧化・安定化する
c) 尿管吻合と尿道吻合を行いパウチを形成する
図7.畜尿型リザバ(Mainz Pauch)の作製法
a)
b)
c)
a) 回盲部セグメントの採取回腸約(50cm+結腸約20cm)
b) 脱管腔化と粘膜下トンネルによる逆流防止式尿管吻合
c) パウチの形成と腸重積による逆流防止弁と輸出脚の作成
図8.Mitrofanoff Principle
虫垂を利用した輸出脚(自己導尿カテーテルの挿入路)の作成
虫垂は末端をパウチ側、起始部をストーマ側とする
表1.尿路変更術の特徴
ストーマ |
カテーテル |
蓄尿機能 |
変更様式 |
|
---|---|---|---|---|
腎瘻 |
+ |
+ |
ー |
一時的 |
膀胱瘻 |
+ |
+ |
ー |
一時的 |
尿管皮膚瘻 |
+ |
+ |
ー |
永久的 |
チューブレス尿管皮膚瘻 |
+ |
ー |
ー |
永久的 |
回腸導管 |
+ |
ー |
ー |
永久的 |
尿管S状結腸吻合術 |
ー |
ー |
+ |
永久的 |
尿禁制型リザーバー |
+ |
間欠導尿 |
+ |
永久的 |
自排尿型代用膀胱 |
ー |
ー |
+ |
永久的 |
4.尿路変更術に求められる条件と術式選択のポイント
よりよいQOLの追求のみならず、次のような条件が確保されることが要求される。
・.腎機能が末永く保持されること
*腎や上部尿路への負荷となる尿の逆流や狭窄が無く、尿路内の低圧が保持される
*腎盂腎炎・有熱性尿路感染症がおきない
・.侵襲の少ない術式であること
* 侵襲が小さく合併症が少ない
* 原疾患の今後の治療をさまたげない
・.個人の生活様式に適合した術式であること
*
医療側が期待しているQOLと、実際の患者さんの主観にはギャップがあることが指摘されている。
実例:尿管S状結腸吻合術や畜尿型リザーバーなど
以上より、尿路変更術の選択にあったては次のような点を考慮して決定する。
・.患者側の要因
1) 年齢・体力・合併症の有無
2)
性別・職業・生活様式(家族構成・住居環境・通院環境・生活観・宗教)など
・.疾患側の要因
1)原疾患の根治性と予後
2)今後に予定される治療方針
5.合併症と対策
1)カテーテル留置を必要とする尿路変更術【腎瘻・膀胱瘻・尿管皮膚瘻】
*
カテーテルの抜去・脱落・閉塞が最も頻度が高い。カテーテル機能が阻害され尿の持続的流出が保てなくなると、感染がおこり疼痛・発熱をきたす。さらに放置
すると腎機能障害を招くことになる。対策は尿の持続的流出を常に監視し定期的なカテーテル交換と必要に応じた洗浄を行う。カテーテル固定法の工夫も必要で
ある。長期間に渡って尿路内にカテーテルという異物が挿入されるため、常在菌による感染尿の出現はさけられない。有熱性尿路感染に至らないよう管理を行
う。また腎結石形成にも注意が必要で、増大すると感染や腎機能障害を悪化させるため、体外衝撃波破砕術などにより治療を行う。
*
カテーテル挿入路の狭窄・閉塞がおこるとカテーテル交換が困難となる。腎瘻や膀胱瘻ではカテーテル脱落から時間が経過すると瘻孔が閉塞し再挿入が困難とな
る。尿管皮膚瘻の場合は尿管径に適合したカテーテルを選び、尿管の血流と交換時の損傷を避けることが重要である。
* 尿浸潤や装具による皮膚障害のほか、カテーテル固定のための絆創膏や固定具による皮膚障害がおきやすく、スキンケアが必要である。
2)無禁制型尿路ストーマ【チューブレス尿管皮膚瘻・回腸導管】
*
チューブレス尿管皮膚瘻では、ストーマ狭窄が最も注意すべき問題であり、持続的な尿流出の監視とともに、定期的なネラトンブジーを指導することが多い。回
腸導管の場合も面板交換時に指ブジー(小指2横指程度)を行うよう指導する。
*
尿路ストーマでは尿と皮膚の接触がストーマ皮膚炎の発症に関与したり、増悪や難治化の因子となることが多い。また回腸導管法では腸粘液との接触も皮膚炎の
原因に絡んでくることがある。尿路変更の術式に応じたスキンケアの対策を考慮する。
* 回腸導管では尿管吻合部狭窄やストーマの陥没、ヘルニアなどがおこることがあり、修復術を要することがある。
* 感染や結石形成はカテーテル留置型に比べれば頻度が少なく安定しているといえるが、長期間の腎機能障害の監視は必要である。
3)尿禁制型の尿路変更術【尿禁制型リザバ・自排尿型代用膀胱】
* 尿意が明らかでないので、患者の十分な理解と排尿の自己管理が必須である。尿の排出を怠るとリザバの過伸展から破裂をおこすことがある。
*
尿管S状結腸吻合術では尿からの電解質再吸収による高Cl性アシドーシスに対する対策は必須である。重曹やウラリットなどの内服を行う。小腸を脱管腔化し
たリザバや代用膀胱の場合は腎機能が正常であれば実質的に問題にならないとされているが、腎機能低下例の場合や長期的な面では安全性は確認されていない。
*
脱管腔化した腸管からも腸粘液は持続的に分泌され固化してパウチ内を閉塞することがある。粘液は次第に減少し尿で洗い流されるようになるが、自己導尿時に
洗浄ができるよう指導する。
* 腸粘液が関与した結石形成が長期合併症として比較的高頻度に出現する。体外衝撃波や内視鏡手術による砕石術により除去を行う。
*
尿管吻合部に狭窄や逆流がおこると水腎症や腎機能障害を発生する。尿禁制型リザバでは輸出脚狭窄によって導尿が困難となったり逆流防止弁の機能不全により
失禁がおこり、修復術を要することがある。
*
自排尿型代用膀胱の場合、尿道括約筋の機能が保たれていても夜間や腹圧時などに少量の尿失禁がおこることがあり、患者に理解してもらうとともに小型のパッ
ドなどの対策が必要である。
*
患者の理解と自己管理が前提となるため、将来患者の高齢化や体力の低下、脳血管障害や痴呆などにより自己導尿・排尿管理が困難となったり、括約筋の機能低
下などが生じた場合の対策が問題となる可能性が指摘されている。
(A.Kashiwagi 2002/6)