ホーム > 乳がんの薬物療法について
乳がんの薬物療法について
乳がんの治療は"集学的治療"によって行われます。乳房や、その周囲の再発を防ぐには手術・放射線療法が大切です。しかし生存率を上げるには、遠隔転移(肺・肝臓・骨などへの転移)を防ぐための薬物療法が欠かせません。乳がんにはそれぞれの性格(再発のしやすさ)があり、発見時の状態や術後の結果によってお勧めする治療法は異なります。当院の乳がん薬物療法についてご説明させていただきます。
内分泌療法(ホルモン療法)
乳がんは女性に多いがんですが、その原因は男性と女性の解剖学的な構造の違いではなく、女性ホルモンが乳がんの発生に密接に関わっているからです。したがって、女性ホルモンががんの増殖に影響を与える可能性の高いタイプ(エストロゲン受容体陽性 ER(+))の乳がんには、ホルモン療法が有効であると考えられます。共通の副作用としては、
「ほてり、汗かき、いらいら」など、いわゆる更年期障害症状といわれる症状が、程度の軽いものまで含めて30%~40%の人に認められます。これが最も多い副作用です。程度には個人差があります。
具体的には以下のような薬剤を用います。
LHRHアナログ (商品名:リュープリン、ゾラデックス)
閉経前の方に使用します。両側卵巣を外科的に摘出したのと同じ効果があります。4週・12週もしくは24週間に1回皮下に注射します。代表的な副作用として更年期症状や注射部の皮膚が硬くなる、などがあります。
タモキシフェン
エストロゲン受容体に接着し、女性ホルモンががんの増殖に影響をあたえないようにします。毎日1回内服します。*必ずしも生理を止める作用はありません。副作用として中性脂肪値の上昇や肝機能障害、子宮体がん(極めて低頻度)、血栓症などがあります。
アロマターゼ阻害薬(商品名:レトロゾール、アナストロゾール、エキセメスタン)
閉経後の方に使用します。女性ホルモンが脂肪細胞から合成されるのを抑えます。毎日1回内服します。代表的な副作用として関節痛・関節のこわばり 骨密度の低下があります。
フルベストラント(商品名:フェソロデックス)
閉経後の転移再発乳がん患者に使用します。4週間に1回筋肉注射します。アロマターゼ阻害薬にて症状が増悪した場合にも有効性が認められております。
CDK4/6阻害剤(商品名:イブランス、ベージニオ)
ホルモン療法ではありませんが細胞の増殖を抑える効果があり、ホルモン療法の効果を高めるために併用することがあります。副作用として白血球減少、下痢、皮疹、間質性肺炎などがあります。
エベロリムス(商品名:アフィニトール)
ホルモン療法ではありませんが細胞の増殖を抑える効果があり、ホルモン療法の効果を高めるために併用することがあります。副作用として口内炎、間質性肺炎などがあります。
PARP阻害剤(商品名:リムパーザ、ターゼナ)
遺伝性乳がん卵巣がん症候群だけに有効な薬剤です。副作用として貧血、吐き気などがあります。ホルモン療法には抗がん剤治療と比べると軽いですが、それでも副作用はあります。代表的なものとしては、「のぼせ」や「ほてり」といった症状や「関節痛」、「骨粗髪症」の悪化などです。北海道がんセンター乳腺科では、緩和ケア内科などの医師に相談したりや西洋薬や漢方薬をその人の症状に応じて処方しています。骨密度をモニタリングし、生活指導を行うと共に、必要に応じて骨のカルシウムを改善する薬を処方しています。
抗HER2(ハーツー)療法
HER2という蛋白の発現状況は治療方針決定に非常に重要です。HER2蛋白が過剰発現されているタイプの乳がんにはHER2蛋白と接着して作用する薬がよく効くからです。
抗HER2抗体(トラスツズマブ、ペルツズマブ)
HER2蛋白と接着して作用する薬であるトラスズツマブという薬が非常に有効です。単独で使用することもありますが、ペルツズマブという薬と併用することが多いです。基本的には後述する化学療法と併用します。初期乳がん治療にも再発乳がん治療にも使用します。通常の抗がん剤とは異なりHER2蛋白が発現していない細胞には作用しないので、白血球減少や脱毛などの副作用が非常に軽いのが特徴です。ただし心エコーでの心機能観察は必要です。
抗体薬物複合体(商品名:カドサイラ、エンハーツ)
抗HER2抗体であるトラスツズマブに抗がん剤を結合させた薬です。トラスツズマブの効果に加え、抗がん剤をがん細胞に集める効果があり、高い効果と少ない副作用を両立しています。カドサイラは初期乳がん治療にも再発乳がん治療にも、エンハーツは再発乳がん治療に使用します。主な副作用は血小板減少、吐き気、間質性肺炎などです。エンハーツは呼吸器疾患に精通した医師のいる病院でしか使用できないという制限があります。
抗がん剤(化学療法)
抗がん剤は初期乳がん治療において、手術後の再発率、死亡率を減少させることが科学的に証明されています。また、転移・再発乳がんにおいても、がんを縮小させ、症状を緩和し、延命をもたらすことができます。このように有効な抗がん剤治療ですが、みなさんご存知のように他の薬と比較して副作用が大きな問題となります。今の乳がん治療の考えは、ホルモン剤が有効なタイプの乳がんにはホルモン剤を上手に使用し、なるべく抗がん剤を行わないようにするというのが治療の流れです。しかしながら、ホルモン剤が無効な場合や再発のリスクが高くホルモン剤単独では治療効果が不十分であると考える場合は、抗がん剤治療を提示することになります。
抗がん剤を行う場合は、臨床試験のデータをもとに、適切であることが確認された薬の組み合わせや用量を用いています。副作用が出にくい優しい治療と説明し最初から減量する施設もありますが、規定用量は患者さんにとって最も高い治療効果が期待できるものなので、減量することで副作用の率も少ないかもしれませんが、効果もその分期待できなくなります。我々は副作用対策として休日を含め24時間乳腺科の医師と連絡が取れる体制を整えています。抗がん剤を安易に減量することなく患者さんにとって最も治療効果が期待される用量で抗がん剤治療を行っています。
化学療法は入院でも行うことも可能ですが、多くは外来で行っています。外来化学療法センターには余裕のあるスペースにベッド、リクライニングチェアが用意されています。化学療法認定看護師やがん専門薬剤師を含むスタッフが常に患者の状態を把握しており、安全に化学療法が可能です。
現在使用しているおもな化学療法について
アンスラサイクリン(EC療法、dose-dense EC療法)
エピルビシン、シクロフォスファミドという2種類の抗がん剤を併せて使用します。吐き気があることがありますが、現在、アプレピタントやパロノセトロンなど優れた制吐剤が併用され、副作用も軽減されています。基本的な投与法は、3週間に1回の点滴治療を繰り返す方法ですが、ジーラスタという注射で白血球の回復を早めて2週間に1回のペースで行うこともあります。
タキサン(ドセタキセル、パクリタキセル、nabパクリタキセル)
ドセタキセルは3週ごとに点滴で、パクリタキセルは通常毎週点滴で投与します。乳がん初期治療にも使用しますが、再発乳がん治療にも使用します。シクロフォスファミドやカルボプラチン、ベバシズマブといった薬剤と併用することもあります。吐き気は少ないですが、しびれやむくみの頻度は高めです。
エリブリン(商品名:ハラヴェン)
2週投薬し1週休薬します。再発乳がんに使用します。白血球が下がり発熱することがあります。アンスラサイクリンおよびタキサン治療抵抗性の患者の予後を改善する結果が発表されています。経口抗がん剤(カペシタビン、S-1)
点滴の抗がん剤ではないですが、カペシタビン、S-1などの治療も、再発乳がんに対して有効です。カペシタビンの副作用は手足症候群があります。保湿を保つことが副作用予防に重要です。S-1では手足症候群は起きにくいですが、白血球が下がり発熱することがあります。これらの経口抗がん剤で、長期間がんの進行を抑えている人もたくさんいます。
免疫チェックポイント阻害剤(商品名:キイトルーダ、テセントリク)
抗がん剤ではありませんが、がんに対する免疫細胞の力を取り戻す薬で、抗がん剤の効果を高めるために併用することがあります。初期治療にも再発治療にも使用することがあります。免疫が強くなりすぎることで様々な副作用が現れる場合があります。当院は総合病院ですので、様々な副作用に院内で対応できるのが大きなメリットです。
ゾレドロン酸
これも抗がん剤ではありませんが、骨転移のあるかたには、3,4週間に1回点滴投与します。破骨細胞の活性化をおさえることで骨転移の進行を抑えます。顎骨壊死という副作用があり、治療中抜歯する予定があるときは必ず主治医に相談してください。
デノスマブ(商品名:ランマーク)
これも抗がん剤ではありませんが、骨転移のあるかたに4週に1度皮下注射します。腎機能障害が少ないとされています。顎骨壊死という副作用があり、治療中抜歯する予定があるときは必ず主治医に相談してください。
抗がん剤の副作用について
脱毛について
がん細胞は増殖するという性質があります。抗がん剤は増殖する細胞に毒として働き、がん細胞を破壊します。毛髪や爪は成人になっても成長し、他の細胞と比較してさかんに活動しています。このような細胞は他の細胞より抗がん剤の影響を受けやすく、点滴の抗がん剤の多くは、治療後2,3週間で脱毛します。ウイッグその他については、パンフレットを用いて看護師から説明しています。
吐き気について
抗がん剤の前に前投薬として吐き気予防薬を使用しております。それ以外でもアプレピタントやステロイドを予防的に使用していただきますので、従来のような強い吐き気に苦しむ人はかなり少なくなりました。吐き気がもとで食事がとれないため入院するような人は現在ほとんどいません。
白血球減少
骨髄の造血細胞も盛んに分裂するため、抗がん剤の影響を強く受けます。抗がん剤により時期は若干違いますが、投与後1~2週間が白血球の値が最も低くなる時期です。38度を超える発熱がある場合は抗生物質を服用してもらいますが、それで改善しない場合は、来院してもらい白血球を増やす注射を打つことがあります。
口内炎
口腔粘膜も増殖がさかんのためダメージを受けます。うがいを指導したり軟膏などを処方します。
関節や筋肉痛、しびれについて
タキサン系の薬では吐き気は少ないですが、このような症状がでることがあります。消炎鎮痛剤や漢方薬などを処方します。
浮腫
タキサン系特にドセタキセルは回数を重ねると、むくみが生じることがあります。利尿薬などで対処します。
その他
便秘、下痢、倦怠感、味覚異常、肝機能障害など症状に応じて、内服薬などで対処します。副作用の強さによっては、抗がん剤を延期したり、減量したりすることがあります。